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山行日 平成17年6月21日(火)・22日(水)
天候 21日:曇り時々晴れ  22日:明け方雨→曇り
人数 二人
行程 七倉ダム〜高瀬ダム〜湯俣温泉 往復
アクセス 小牧ICより中央道〜長野道豊科IC
オリンピック道にて信濃大町方面へ北上
葛温泉を経て七倉山荘P
※七倉山荘より一般者通行止め
 タクシーで高瀬温泉まで可能(¥1900片道)
※七倉ダム⇔高瀬ダム タクシー時間規制あり要確認

湯の俣川の夕暮れ
山へ遊びに行こう!
”湯俣”が私の中に記憶されたのは、新田二郎著「孤高の人」を読んだ時だ。加藤文太郎が槍ヶ岳で遭難し、北鎌尾根を息絶え絶えで下山するも、湯俣山荘の手前で命尽きる、というラストシーンはとても印象的だった。そんな”湯俣”が再びクローズアップされたのは、温泉ブーム。ご多分にもれず、私も温泉の魅力にとりつかれ、秘湯と名高い”湯俣温泉”は当然のごとく私のアンテナに引っかかっていたのだ。
山頂を目指すわけではなく、山の懐に入って自然の恵みを楽しみたい! 支流にはお魚もいっぱいいるだろう。釣りも楽しめるかもしれない!計画中にいろいろと想いは膨らみ、釣りなどやったこともない私は、まず渓流釣りの本を購入。ネットで高瀬ダムを検索すると、結構な情報を得ることができ、本で得た知識とその情報により私の頭には、高瀬川支流で大きなイワナを釣ってしまうラッキーな姿が出来上がっていた。早々、釣具屋に行ってみたものの、一夜漬けで得た知識に自信はなく、かといって、「源流域でイワナを釣りに行くんですが、何を買えばいいのでしょう?」なんてことは、とうてい恥かしくて聞けずに退散。後日、パートナーの小泉氏に同行してもらい、あれこれと安い道具を買い揃える。二人で竿やエサの検討をしていると、ますます、妄想が膨らみ、大物のイワナを頭に描き、ニンマリする私達だった。
自前温泉に浸かり、河原の焚き火でイワナを焼いて食べる私・・・・。とんでもなく素敵なイメージに酔いしれる。出かける前からこんなに楽しくていいのだろうか。
秘湯目指して山の懐へ
昼前に七倉ダム駐車場に着く。思いのほか、天気は良く、カエルや虫や鳥の声が賑やかで、それは既に夏の音色だ。ここから高瀬ダムまではタクシーのみ乗り入れが許可されているため、客待ちのタクシーが一台、駐車場に待機している。
荷物をあれやこれやと詰め込み、久しぶりに肩にずっしとくるザックを担ぐ。ゲートをくぐると、先ずは長ーいトンネル歩きからだ。出口がポッカリ口を空けているのが見えているのに、なかなか近づかない。高瀬ダムから下りて来るダンプとすれ違いながら、林道を歩くこと約1時間、前方にロックフィルダム(Rock filled)では日本一の高瀬ダムが現れた。大きな岩石が積まれたダムは異様な雰囲気。そしてダムを縫うように数本の線がジグザグに見えるのが、ダム上部へ向う道である。道を行けば2kmはあろうか。直登すれば200mか。”登るな危険”の立看板を前に小泉氏は”危険を楽しみに来た”と迷わず、岩石の斜面を直登、私は荷物が重くバランスが悪いので、始めは道路を歩いていたものの、最初の折り返しで嫌気がさして、直登することにした。
2代目ハイエースバンで初めての遠出 ゲートをくぐると長いトンネルの入口が 高瀬ダムまでゆるやかな登りが続く
岩石の積み重なったダム斜面をジグザグに道が・・・ えーい!面倒くさい!直登だ! たっぷり水を蓄えるダム湖

これこそ自然色、美しい色彩に心洗われる
東沢手前のちょっとしたビーチ こんな林道をテクテク歩きます
ダム湖の東側にまわり、再び長いトンネルを抜ける。左側に餓鬼岳の稜線が見え、見覚えるのある中沢岳を眺め、何ともいえぬ気持になる。数年前にはあの稜線からエメラルドグリーンのダム湖を見下ろし、そして今はこうして下から稜線を眺めている。自分の歩いた軌跡を生々しく辿れるということも、登山の魅力なのかも知れない。あそこをの登ったんだなぁ〜と。頭の中で記憶のスライド写真が数枚写る。
ダム湖に立つ枯木は大正池よりも確実に多く、また、湖の色とのバランスがとても美しい。ビーチのような湖畔が見え、分岐を右にとると、東沢の橋を渡る。いつもなら、沢や谷の名前など気にもしないのだが、今回はなにせ”釣り”があるから、「この沢なら釣れそうだ」とか「あのあたりの淵などどうかしら・・・」など、釣る気満々の二人である。釣りの楽しみは明日にとっておいて、今日は温泉、温泉。
ダム湖の末端までくると、林道が終わり、ようやく登山道らしくなる。常に左側は急な崖になっていて、落石が恐ろしい登山道だ。ウドや山蕗などの山菜も多く、動物の糞(おそらくサル)もあちこちに落ちていた。荷物が重い上に、固い林道歩きが思いのほか堪えたようで、足の裏がジンジンと痛い。
左)前方に北鎌尾根の険しい山塊
中央)河原沿いの木道
右)名無小屋にて休憩
   小さな避難小屋は扉を開けるのが
   ちょっと怖い
名無沢からしばらく行った広い河原に出ると、北鎌尾根と槍ヶ岳が姿を現す。この角度から初めて見る槍ヶ岳は、北鎌尾根、独標の向こうに小さくその穂先を見せている。薄曇りの中に浮かび上がるその姿は恐ろしいお城のようだった。
川の対岸に切り絶つ岸壁がせまってくると、硫黄の香りをかすかに感じるようになる。まるで仙人が住んでいるような岸壁に囲まれた広い河原に湯俣温泉晴嵐荘は建っていた。
晴嵐荘でお風呂代とテント代を払う。私達がどういうお客なのか判ったのだろうか、宿泊カードも、これからの行動予定もなにも書かず、聞かれずで、どうぞ好きに楽しんでいってください、という姿勢がとても気持ちよかった。
山も森も川も温泉も、山の恵みを独り占め!
早々にテントを張ると、河原でビールとワインを冷やし、山荘の内風呂へ!! 硫黄の香りが立ち込め、二入用程度の浴槽は細かいタイル張りで、きれいに清掃されている。うっすら白濁したお湯が静かに浴槽から溢れ、まさに源泉かけ流し!!うわぁ〜と心が躍る。ゆっくりとお湯に浸かると、自然と”ふぅ〜”とため息が漏れる。窓を開けると対岸の絶壁と木々の緑が目に飛び込み、冷たい空気が流れ込む。お湯の中に体が溶け込んでいってしまうような気持ちよさ。素晴らしい!
広い河原に建つ晴嵐荘 若い唐松の間のテントサイト 蟻がいっぱい 晴嵐荘の内風呂 こじんまりしていて静か
夏至間近とあって、お風呂からあがってもまだまだ明るい。河原の源泉に行ってみることにする。
水俣川にかかる吊橋を渡り、小さな尾根を越えると、湯俣川へ降りる。川底の石は硫黄で白く、川も絵の具の筆を洗ったような水の色をしている。前方にはモクモクと噴煙が立ち昇り、硫黄臭が鼻をつく。水量が多いのか、川の中に入らないと奥へは進めない。上部左壁に頼りないロープがついていたが、とてもトラバースする気にはならず、靴を脱いで川の中を遡行することにした。ほんの数メートルにもかかわらず、足が痺れるほど冷たい! 右岸前方に噴塔丘が奇妙なオブジェのように見え、左岸の河原からはプクプクと源泉が湧いている。
そばに立っているだけで汗が出でくるほど熱く、ミストサウナみたい。今晩のカレー用にパックのご飯と生卵を、浅い窪みに置いておく。河原の奥へ進むと、誰かが掘った自前の湯船がいくつも現れる。木の枝でかき回してみると、藻のような物体がフワフワと浮き上がり、ちょっと入るのには勇気が必要だ。焚き火の跡も数箇所あり、みんなワイルドな夜を過ごしたんだろうな。
温まったご飯と玉子を取り出し、テントサイトへ戻る。
今晩の献立はトマトとコンビーフのカレーだ。トマトとタマネギを炒め、コンビーフを入れて煮込み、ルーを入れてさらに煮込めば出来上がり。つまみは枝豆と、これぞホンモノの温泉玉子。川で冷やした白ワインをあけて、ゴージャスな夕食だ。闇夜と荒々しく流れる川の音が、ちょっとした緊張感
あちこちに掘られた自家製湯船 温泉成分で白く濁る湯俣川 対岸に見える噴塔丘 活動する地球を感じる


水俣川と湯俣川を隔てる狭い尾根
小さな祠が祭られている
を持たせるが、小泉氏は、それを楽しんでいるようだった。
深夜から続いていた雨は8:00頃には上がり、陽が差し始めた。湯俣川の噴塔丘を間近で見ようと、対岸へ渡る場所を探すのだが、水流が早く、深さもあって足が出ない。もう少し上流に川幅の狭くなった箇所があるのだが、上流へ行くための左岸トラバースも私にはちょっとついていけれない。一度怖いと思うと、もう駄目、怖いよ〜と泣き顔になる。下流にもどって、中洲にある源泉で遊ぶことにした。湧き出る熱湯と川の水を混ぜて適温を作るのだが、なかなか難しい。自前の野天風呂には浸かれなかったけど、ちょっとした水遊び?を楽しんだ。
さて、次は水俣川へ戻って、竿をたらしてみよう!
北鎌尾根へのアプローチとなる水俣川。最近では、尾根自体よりも、取り付きまでのアプローチの方が困難と言われ、西岳から貧乏沢を下って、尾根に取り付くクライマーが増えたらしい。
確かに、川の右岸に、不明瞭な登山道を辿っていくと、すぐに崩壊した斜面のトラバースあり、川の遡行あり?と、その困難さは容易に想像できた。冒険の世界への入口を覗いた気持になる。
河原にいったん出たところで、釣り糸をたらす。
中洲からも湧いてます
崩壊した斜面をトラバース
かかった!?と思うと、根がかり。大〜きく膨らんでいたイメージは、あっという間にぺしゃんこになり、”釣れないよね・・・”とマイナス思考。お魚が見えれば、やる気もでるのにな・・・。昼食はイワナの予定?だったが、手ぶらでテントサイトに戻って、温泉玉子入りのラーメンをすする。この辺りは山菜もいっぱい。数日の間、ここで遊んでいたいがそうもいかない。帰り支度を始めて晴嵐荘を後にした。
まだまだ、イワナを諦めたわけではない。途中のダムの縁から魚影を発見!遠くて、イワナかニジマスかヤマメかわからない。試しにエサのミミズを投げ込むと、パクッ!!と飛びついた。お〜っ、やっぱりちゃんと魚はいるんだ。 確実な情報のある東沢へ意気込み新たに入っていくが、沢に入らないと上流へは登って行けれない。沢を巻いて適当な場所に竿をたらすが・・・。ま、初めからうまく行くわけないかな・・・。 ダム湖畔で最後の悪あがきをして、ようやく竿を収める。小泉氏のような粘り強さは私にはないな。 後は、一心不乱に帰るだけ。肩に食い込むザックをわっさわっさと上下に揺らしながら、ジョギングして七倉ダムへ。あ〜、この疲労感がたまらなく心地よい。

子供の頃、高い所によじ登ったり、飛び降りたり、大人に怒られるようなことが大好きだった。恐怖心と冒険心が入り混じっていて、いつもドキドキしてたように思う。
この釣れそうにない格好・・・
あの頃よりずっと臆病で品行方正になった私は、湯俣の自然というフィールドに飛び込んで、ちょっとしたアドベンチャーを体験した。
それは、あの頃のような不安と好奇心の狭間にある”快楽”を、少しだけ呼び覚ました気がした。 (報告者:A)

アウトドアクラブ